神の子供たちはみな踊る

今回おすすめする短編小説は、村上春樹さんの『神の子どもたちはみな踊る』に収録されている「蜂蜜パイ」という作品です。『神の子どもたちはみな踊る』は阪神淡路大震災に間接的に関わっている登場人物が描かれていて、「蜂蜜パイ」はそのうちの一つの作品です。震災を乗り越える為のエールが村上春樹さんならではの手法で行われていると思われます。

神の子供たちはみな踊る

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◆蜂蜜パイの登場人物と小説の中の熊のシンクロが凄い

村上春樹さんの「蜂蜜パイ」は主人公と離婚してしまった母と娘が中心となって描かれているのですが、その三人の関係性と作者が作っている話(蜂蜜パイの主人公は作家という設定)である二匹の熊の話が絶妙に絡み合い、短編なのにキャストの構造がなかなか入り組んでいる作品です。

さらに面白いと思える点は、二匹の熊の話単体でも十分読み応えがあり、これだけでも短編小説に出来るのではないかと思えるほどです(実際村上春樹さんでなければこれだけ一つの話として完結させても、そこそこの売り上げを残してしまうのではないかと思います)。
が、さらにそのワンランク上の小説に仕上げたと言っても過言ではないでしょう。

村上春樹さんの作品に出てくる主人公は比較的クールな人物が多いのですが、この主人公は結構熱いものを持っているような感じがしました。熱血というわけではないのですがうちに秘めたものが伝わります。

◆もう一つのパート、「蜂蜜パイ」

「蜂蜜パイ」のコア部分は、主人公と主人公が結婚を考えている女性とその娘(ちなみにその女性は離婚していて旦那さんと主人公は友人という設定です)の話。もう一つのパートは二匹の熊の話です。

ベア

前述の通り、これは主人公が作る小説に出てくるのですが、一匹が蜂蜜を取るのが上手なまさきち、一匹が鮭を取るのが上手なとんきちです。
まさきちは世渡り上手ですが、とんきちは世渡り下手でまさきちしか友達がいません。とんきちはやがて自分の存在に対して疑問を抱き二人の関係性はフェアじゃないのではないかと思ってしまいます。

そこで出たのが蜂蜜に付加価値をつける蜂蜜パイ。この話が小説全体のターニングポイントとなります。二つの話をうまく結びつけて圧巻としか言いようがないでしょう!

◆「かえるくん、東京を救う」も名作。

村上春樹さんの『神の子どもたちはみな踊る』には全部で6話収録されています。いずれも名作ぞろいなのですが、私が特に印象に残っているのが「蜂蜜パイ」と「かえるくん、東京を救う」です。

「かえるくん、東京を救う」は主人公の片桐がかえると共に東京で地震を引き起こすみみずくんと戦い、地震を起こさせるのを阻止しなければいけないという話です。しかしみみずくんが地震を起こすとされる前日に片桐は狙撃され病院のベットに連れて行かれる。

昏睡状態の中かえるの事を気遣う片桐。
その一方で異次元で戦うかえる。

しっかり読んでいないとふわふわした感じになってしまうこと間違いなしです。とても面白い作品なので、読んでみて損はしないはずです。

カンガルー

今回おすすめする短編小説は、村上春樹さんの『カンガルー日和』に収録されている「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」というタイトルが長過ぎる作品です。

 

◆村上春樹さんの短編小説について

村上春樹さんと言えば毎年ノーベル賞候補に挙げられていて海外でも超人気の作家です。代表作と言えば『ノルウェイの森』であったり、『海辺のカフカ』であったり長編小説に着目されがちですが、短編小説もかなり面白い作家です。

今回紹介するのは『カンガルー日和』に収録されている「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」というタイトルが長過ぎる短編小説です。

私は読書好きなのですが、恐らくこの作品を読んでから本格的に読書に目覚めたと思います(それまでちらほら読んでいましたが貪るように読むようになったのはこの作品からです)。

◆なんだこのタイトルは(笑)。

まず気に入ったのがこのタイトル。「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」なんて長過ぎて普通タイトルにしようとは思いませんよね(笑)。

私は『カンガルー日和』の目次で「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」というタイトルを見て、

「なにやら胡散臭そうな話だ」

と思ってあまり期待しないで読んだのですが、あまりの面白さに衝撃を受けてしまいました。

カンガルー

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短い小説だったため、いつで
も読みたいと思いパソコンにタイピングしました(今ならスキャンとかするのでしょうが、当時私はスキャンを持っていなかったのでタイピングをしました)。それくらい個人的にはまってしまった作品です。

ちなみに村上春樹さんの小説を英語で学ぶというNHKのラジオ講座(「英語で読む村上春樹」)があるのですが、2016年の4月の回はこの「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」が題材となっていました。英語好きの方はそちらもチェックしてみるといいかもしれません。

英語で読む

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◆完璧な内容が短い中に凝縮されている

街で自分の理想的な異性とすれ違う。そんな時みなさんならどうするでしょう。ほとんどの方が声をかけられないのではないでしょうか。

この「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」の主人公も声をかけることは出来ませんでした。しかし、後になってどうするのが一番正しかったのかと言う考察で出来ている話です。

しかもその考察が完璧で「なるほど」と言うほか見当たりません。それでいてダラダラと書かれていなく「必要最低限」を「十分な展開」で満たしているため、過不足なくまさに100点と言った小説です。
私はあまりにも好きすぎてかなり短い文章なので丸暗記しようと思ったくらいです(当時全部はできませんでしたがほとんどできていました)。

◆こんな風に声をかけられたらと思ってしまう

上記にも触れましたが、理想の女性とすれ違った主人公は結局声をかけられませんでした。私は理想というわけではありませんが、

「ちょっといいな」

と思った女性とすれ違うたびにこの話を思い出してしまうのですが、一度使ってみたい手法ではあります。

女性

もし自分がそういう状況にあったとしても後悔するだけではなく、考察をして、

「こうするのがベストだった」

という解決策を出せたとしたら面白いのではないでしょうか。(それができるできないは別として)軟派をしろとは言いませんが、軟派の準備ができるかもしれませんよ。

ショート

今回おすすめする短編小説は、戸島竹三さんの「最終面接」です。かなりの読書好きでもこの作品を知っている人は少ないと思います。それもそのはずこの話は星新一さんが編集した『ショートショートの広場9』に収録されている話だからです。しかしこの話一番大事なものは何かと言うことを面白おかしく描いていてユーモアあふれる作品です。

ショート

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◆始まりからスピーディー

戸島竹三さんの短編小説「最終面接」は星新一さんが『ショートショートの広場9』に収録した話の一つです。最近ではショートショートが減ってしまいましたが、以前は星新一さんを中心に人気のある分野でした。

戸島竹三さんの「最終面接」は最初から最後までスピーディーな展開で描かれていて息つく暇を与えない爽快感100%のショートショートです。

内容は主人公が会社の最終面接に行く事が描かれています。会社に面接に行くだけなのに主人公の前に無理難題が降りかかってくるのですが、そのたびに主人公は我先にと周りの人の迷惑を考えずに突き進みます。

「こいつに悪い事が起きればいいのに」

と読者は考えるのですが、読む進めると第二、第三の矢が放たれて来るので、考えるというよりも突き進まされて読むと言う雰囲気に近くなってくるでしょう。5分もあれば読めてしまう超短編作です。

◆最後のオチが面白い

「最終面接」ではどんでん返しがあります。

まず、会社に来るまでの行いを見ていたと面接官に言われてしまいます。自分が他人の迷惑を考えずに突き進んできたことを見られたと思った主人公は面接に落ちてしまうと思うのです。

面接

そんな矢先にまさかの合格通知。合格の理由は、

「何があっても突き進む精神は我が社に必要」

というところを買われたからです。会社側は人間性がどうあれ任務を遂行できる人間が欲しかった。そして主人公は無理難題が与えられても自分が遅刻しない様に周りを蹴落としてでも会社に来る人間。まさに会社側が求める人材でした。

あっけなく内定をもらった主人公は喜びます。しかしその直後に、

「今から内戦が起きている国に行ってもらう。なに君なら何があっても突き進めるさ」(←言葉は正確ではありませんが、こういうことを言っています)

と言われ途方にくれる主人公。話はそこで終わりです。

◆「主人公目線」と「読者目線」で真逆の心理をつかれる

戸島竹三さんの「最終面接」の凄いところは、

主人公目線に立つと、

「自分さえ良ければいい」→「会社に来るまでの行動を見られていてまずいと思う」→「内定を貰って嬉しい」→「配属先が内戦が起きている地域」→「途方にくれる」と言う流れで構成されているのですが、

読者目線に立つと、

「主人公に天罰が下ればいい」→「面接官にひどい態度を見られていた。しめしめ(これは面接に落ちるだろう)」→「主人公が内定を受け、なんでだよ!と思う」→「勤務地が内戦が起きてる国とは一本取られた!」

と真逆の心理をつかれます。それでいて読んだ後の不快感0。逆転に次ぐ逆転というストーリーに呆然としてしまうほどです。この短い文章の間にこのハイクオリティの逆転劇を生んだ技術はまさに圧巻です。さすが星新一さんに選ばれた短編小説。ぜひ一読をおすすめします。

札束

今回ご紹介する短編小説は砂子浩樹さんの「一億円を手に入れた男たち」です。このお話も前回の「最終面接」同様、星新一さんの『ショートショートの広場9』で読むことができます。
短い作品の中にユーモアが組み込まれていて思わずなるほどと思わされることでしょう。

ショート

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◆一億円を手に入れる

皆さんは宝くじ売り場の前に行ったり、ふとした時に、

「一億円があったらな」

と思うことはないでしょうか。

私は一億円があったらあれ買って、これ買って、あれして、これしてと考えるのですが、砂子浩樹の「一億円を手に入れた男たち」ではさらにその先を行っています。
一億円があったらというより、一億円をどう稼ぐかということに焦点を当てているのです。

登場人物3人が一億円を手に入れる方法は三者三様です。とにかくズルをして一億円を手に入れたい三人のやり取りが面白いので紹介したいと思います。誰もがコツコツ努力しないで一億円を手に入れられたらと思うのですが、この三人も全く同じことを考えています。成功する者もいるので見もののです。

ショートショートで一気に読み進めるため、この先どうなるんだろう?と考えさせるというよりは、いきなり結論が来てしまうのでドキドキはしません。その反面、

「そうきたか!」

と思わされること間違いなしでしょう。

◆砂子浩樹「一億円を手に入れた男たち」の長さについて

話の内容の前に知っておいて欲しいのがこの話の長さです。めちゃくちゃ短いです。1000文字にも満たないほどの長さです。文庫本2ページで収まっています。
タイトルと余白があってそれなので詰めれば1ページで収まってしまうほどです。

そんな超短い文章にもかかわらずユーモアがきっちり入れられていてオチがあって、さらにそのオチが面白い。それゆえ1000文字程度の文章で最高峰に位置していると言えるのではないでしょうか。

『ショートショートの広場』では最後に編者の星新一さんの選評があるのですが、

「こうなるとは」

と言った後に、

「うなされた」

と言っています。やはりこの作品を相当気に入っていて一本取られたと言うのが伺えられますよね。

◆砂子浩樹さんの発想が面白い

「一億円を手に入れた男たち」の面白いところは、三人が三人とも一度は一億円を手に入れるところです。

札束

一人は一気に一億円を手に入れたいと言い、一人は百人くらいから百万円ずつくらい集めて一億円を手に入れたいと言い、一人は一億人から一円ずつ集めて手に入れたいと言います。

一人は十年後に銀行強盗をして一億円を手に入れるが三時間後に捕まってしまいます。
一人は二十年後に詐欺師になって百人くらいから百万円ずつ取って一億円をせしめるのですが、やはり詐欺が発覚して捕まります。
最後の一人は三十年後に大物政治家になって、国民一人一人から一円の臨時増税を課して自分の手元に入れてしまいます。

この結果は難しいことをするのは時間がかかるがリスクが少ないということを暗示していて、読むものを妙に納得させてくれます。しかもこれを1000文字弱で行えるのはやはりうまい文章のまとめ方をしているなと思わざるをえません。

1000文字程度のエンタテインメント。ぜひ一度読んでみていただきたいおすすめの作品です。

席取り

今回ご紹介する森重孝昭さんの短編小説「指定席」は(も)、星新一さんが編者をしている「ショートショートの広場9」で発表されている作品です。この作品はまさかのところで親子のつながりがあり思わず苦笑してしまう作品です。

ショート

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◆ビジネスという意味での視点が面白い

ノルマに覆われている会社員。売り上げを伸ばしたい会社役員。何か打開策がないかと思っている社長。…いずれにせよ何か新ビジネスはないかと思っている人は多いのではないでしょうか。

森重孝昭の短編小説「指定席」は、そんな新ビジネスを森重孝昭自身が打ち立てた手法が組み込まれ、物語が進んでいきます。

そのビジネスとは朝の通勤の電車の席取りビジネスです。

席取り

誰もが快適に座りたいと思っている朝の満員電車。そんな悩めるサラリーマンたちの欲求を満たすために席を取るバイトを雇い、お金を払った顧客に席を譲ると言うなんともユーモア溢れるビジネスを組み込んできました。

お金を払った顧客は座っている人から席に案内され、嫌な通勤ラッシュを快適に過ごします。「指定席」の要の部分がこのビジネスの発想で満員電車で座れることのありがたさが身にしみるほど伝わるように描かれています。

◆星新一さんの選評はあまり良くない

『ショートショートの広場』の巻末に編者である星新一さんの選評が書かれているのですが、実はこの作品はあまりいい評価をえていません。それはもしかしたら星新一さんのショートショートの意図が、

「短く端的にまとめられているのが良いショートショートである」

というところにあるのではないかと思います。

確かに森重孝昭さんの「指定席」は発想が面白く、なかなか思いつかないアイディアを出しているなと言う感じではあるのですが、若干間延びしているかな?と言う感は否めません。
そこが星新一さんがいい評価をしなかった点なのではないかなと思うところでした。

しかし、星新一さんはショートショートの神様であるため、気になる点が色々あるのだと思います。一般の方が見たらそれでも短くまとめられていて、発想も面白いため、「抜群に面白い」と思う作品なのではないかと思います。

◆まさかのところで親子のつながりが。でもそれは全く感動ではない

普通親子がまさかのところで繋がっていたら大なり小なり感動を与えてくれます。例えば、あれをしてくれたのは実は父親でした。
という場合それを知った息子は泣いてしまう。そんなケースが多々あります。

しかし、この「指定席」は父親がお金を払って満員電車でも座れる権利を得たのと同時に、息子は席を取るバイトをしていたのです。
しかもあまり多くは触れていませんでしたが、父親の払う金額より息子のバイト代の方が少ない(マージンが取られているので当たり前といえば当たり前ですが)ため結局この親子は損をしているというのを暗にほのめかしています。
この些細なブラックユーモアも面白く、長い小説を読むのが苦手な人におすすめしている作品です。

ボッコちゃん

今回ご紹介する「生活維持省」は星新一さんの名作中の名作『ボッコちゃん』に収録されている短編小説です。
人口が増えすぎないように考えられた人口抑制システムを生活維持省の人間が全うしていくという、星新一さんならではのお話です。こんなありえない世界をライトに楽しめるのは星新一さんの作品だけではないでしょうか。

ボッコちゃん

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◆人口抑制するために

星新一さんはショートショートの神様と呼ばれ超短編作品においては絶対的な能力を誇っています。
作風はブラックジョークを用いる事が多く、深刻な問題でもあまり人間の深い感情の部分には入り込まず淡々と事実を述べたり、業務を遂行させたりと、読むものに不快感を与えない作家です。

この「生活維持省」も同様に、人口を抑制するために生活維持省で働く役人がランダムに抽出された人間を殺していくという内容です。

殺し方もチャチャッと済ませてそこに殺さなければいけない不快感などは表さず、

「やだなぁ」

くらいの軽いノリで殺して、

「人口が増加しすぎると大変だからね」

というスタンスで話が展開されます。

人口抑制をする代わりに人間にはそれ相応の土地と経済が与えられるわけですが、選ばれた人間になったらたまったもんではありません。
被害者数は最小限に抑えるが被害者になったら有無を言わさず殺されてしまう・・・こんなありえない世界をライトに楽しめるのは星新一さんの作品だけではないでしょうか。

◆立ち読みできる短さ

「生活維持省」は星新一さんの名作中の名作『ボッコちゃん』に収録されているわけですが、『ボッコちゃん』の中ではそこまで注目を浴びなかった作品なのではないかと思います。かなり短い作品なのではっきり言って書店で立ち読みできるくらいです。

ボッコちゃんはよく「夏休みに読みたい100選」的なものに選ばれるので本自体を探すのも簡単です。
店頭に並んでいるケースが多く、そこで読むと店員にマークされてしまう可能性があるので、もし読むとしたら邪魔のならないようなところで読むのがいいと思います。

本屋

その他、図書館で借りるのもありです。『ボッコちゃん』は知名度も高いため大体どの図書館でも備えているし、古い本なので貸し出されていて競合者が多いということもないのですぐ借りられるでしょう。

『ボッコちゃん』の中には名作が多数入っているの上、短い話が多く面白くても話の内容を忘れてしまうで、やはり買うことをおすすめしますが(笑)。

◆実は「盗作じゃないか」と言われている漫画がある

「イキガミ」という漫画をご存知でしょうか。実はこの作品「生活維持省」の盗作なのではないかと騒がれたことがありました。

私はどちらも読んだのですが、恐らく盗作ではないのではないかと言うのが私の意見です。

いずれも人口増加を抑制するためにランダムに人が処分されていくと言うストーリーなのですが「生活維持省」は被害者目線はほとんど書かれていない上に心情に対しては
どうでもいいという感じなのに対し、「イキガミ」は被害者目線での心情を重要視しているからです。

十人が読んだら恐らく何人かは盗作ではないかと疑ってしまうかもしれませんが、十人いたら十人が「生活維持省」の方がライトだという印象があるでしょう。深く考えさせられるというよりも、

「ふむふむ、なるほど」

と思わせてくれるスッキリさが「生活維持省」の売りだといえるのではないでしょうか。簡単に読むことができるので、子供にもおすすめしたい名短編です。

温かいスープ

◆心が温まるどころの話ではない

今道友信さんの「温かいスープ」を知っているという人は多いのではないでしょうか。
それもそのはず中学生の国語の教科書で出てきたり、国語のテキストでバンバン出てきていて定番中の定番と言っても過言ではないからです。
私が塾講師をしていた時も何度も目にしました。確か中学2年生のテキストにも出てきたし3年生のテキストにも出てきたと記憶しています。

この話が出るたび私は教える際のテンションが上がっていたのですが、本当のことを言うのであればこれは問題にして欲しくない作品です。
問題を作って「こうである」と断定させてしまうより、読み手が自分なりにこの作品に感動して欲しいと思っているからです。

「温かいスープ」は感動作で心温まる作品なのですが、はっきり言って心が温まるというレベルでは済まされない作品です。

この話の内容は、苦学生だった作者がフランス留学中に馴染みレストランに行く話です。
とても寒い日にパンだけ頼んだのだが、作りすぎてしまったからという理由でスープをいただいてしまいます。そして最後に、

「(このようなことをしてもらったから)人類に対して絶望することはない(原文とはちょっと違います)」

と言うのです。中学時代にこの話を読んだ時になんて温かい話なんだという衝撃を受けたことを覚えています。

しかし、いざ大人になってこの文章を読んだら、作者はずっとこのことを覚えているのだろうという文章から離れた視点で物事を考えられるようになった時に、この文章の深さを感じることができました。
きっと温かいスープを飲むたびに作者はこのエピソードを思い出すんだろうなと想像すると物凄い経験をしたんだなと深読みしてしまいます。

◆人にこうありたいと思う作品

今道友信さんの「温かいスープ」は温かいスープを提供された側ですが、この作品を読んでいたら自分も温かいスープを提供する側に回りたいと思うのではないでしょうか。

温かいスープ

(相手がひもじいのを分かった上で)スープをどうぞと言ったらなんとなく高圧的になってしまうし、貰う側としてももらいづらいのですが、

「作りすぎてしまったから(作りすぎてしまったとは言いませんでしたがニュアンスはこんな感じです)」

こういう風に振る舞えば相手は喜んで受け取ってくれると言うのが分かるからです。
自然な感じでスープを提供する、こんなことができる人間になりたいし、周りの人にはそうなって欲しいと思うことでしょう。さらにスープに涙が落ちるという辺りでこのスープの温かさが伝わります。

◆読む年齢によって思うことが違う

上記でも少し触れましたが、今道友信さんの「温かいスープ」を読む年齢によって感じ方が変わってきます。高齢になる程よりスープの温かさが増し、心にしみてくることでしょう。

私は中学時代にこの話が長い温かいスープだと感じていましたが、大人になったら短くて熱いスープだと思うようになりました。大人になると主要ではない文も拾い上げるため、それらがもたらす意味が強くなります。例えば、昔は、

「夫の弟が戦時日本人に殺されて」

と言うところはスルーしていたしそれがもたらす意味は気にしていなかったのですが、今ではそれがエッセンスになりよりスープの温度を上げてくれています。
文意を取れるようになるので昔読んだことを覚えているという人は是非とも大人になって読んでみることをおすすめします。

現在は『人生の贈り物―四つの物語』(今道友信 著 葉祥明 画)に収録されているようです。

ギフト

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読んだことのない人はどれほど心打たれるかとワクワクしながら読んでみてください。ハードルを上げても上げ過ぎることはないと思っているほどの傑作です。

親子

伊坂幸太郎さんの「ポテチ」は『フィッシュストーリー』所収の短編小説。家族の関わり合いを十分に表現した超感動作です。物語の序盤ではユーモアを交えつつライトな感じに仕上がっていますが、徐々にシリアスになってくる流れが絶妙です。

◆ポテチのあらすじについて

「ポテチ」の主人公は病院のミスで親と子が入れ違いになってしまいます。そして育ての親の本当の子供はプロ野球選手になります。自分はそこまで立派な人間ではないのでそのことに対し不憫に思ってしまいます。

一時は感情を爆発させ取り乱してしまうのですが、主人公は入れ替えられた(言わば自分の生みの親に育てられた男)のファンで熱心に応援します。
そして最後には母に(自分を育ててくれた母親)に実の息子の勇姿を見せようと野球場に連れて行きます。

母のための行動ですが、自分とその野球選手を重ねて自分のしがらみを払拭させようとするストーリーが超感動ものです。

◆実の親と育ての親について

伊坂幸太郎さんの「ポテチ」を読んだら、「親子とはなんなのか?」と言うことを考えさせられます。

親子

ここでは主人公を産んだ親については語られませんが、もし子供が入れ替わることがなかったら、自分が違う親に育てられていたとしたらと色々考えてしまいます。

この作品は主人公が子供(子供と言っても成人しているのですが)にもかかわらず親を気遣っている場面が多かったりと、親目線で考えさせられます。
そのためもし優秀な人物が本当は自分が産んだのだと知った時にどう思うのかと言う視点に立たされてしまうことでしょう。

その上で育ての親が自分の親であるべきと思いたいですが、生みの親の重要性にも気づかされて私は自分の子に対して、

「本当の子供は違っていました」

と言われたら、

「その子はどういう生活を送っているのだろう、一目会いたい」

と思わずにはいられなくなると思いました。

◆ ポテチの話の進め方について

「ポテチ」の前半はライトな感じでポンポン読み進めることができます。伊坂幸太郎さん特有の表現でその面白さに手が止まらなくなることでしょう。

しかし徐々に風向きが変わり何やらシリアスな展開になってきたと感じるはずです。ここで物語の前半の軽さが役立ちます。
物語前半で人物像が見えてくるのでこれはこういう人だと言うことが形成されます。
そのため後半シリアスになったとしても、話の内容が出来上がっているから読み進めるのが難しく感じることはありません。

私は伊坂幸太郎さんの短編小説ならこの「ポテチ」が一番好きです。読書は苦手だけどちょっと長めの小説を読んでみたい!という人におすすめしています。

この作品を読んだら小説って読みやすいなとか、頭の中で映像化するのってそんなに難しくないなと感じ、読書にはまるなんてことがあるかもしれませんよ!
そんな読書の楽しみを教えてくれる作品です。浜田岳さん主演で映画化もされているので、見比べてみるのもおすすめです。

ポテチ

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フィッシュストーリー

今回紹介する短編小説は、伊坂幸太郎の「フィッシュストーリー」(『フィッシュストーリー』所収)です。伊坂幸太郎さんならではのキャストの使い方が特徴で時間軸を取っ払ったような作品に仕上がっています。時代を超えても人と人とは繋がっていると言うのをまざまざと見せつけてくれる作品です。

フィッシュストーリー

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◆フィッシュストーリーの時間軸

フィッシュストーリーを読む際重要になってくるのが時間軸です。時系列に並べられていないのでどの時代が一番コアなのか一瞬考えてしまうのですが、結局は「どの時代も重要だった」と言う結論に至ってしまいます。

簡単にあらすじを紹介します。

現代では彗星が地球に近づいていてまさに地球が滅びようとしています。話はこの彗星を止める人物(宇宙飛行士が止めるのですが)がどのようにその地位に登りつめたかという流れになっています。

時代は遡り、冴えない男がいました。その男が車で帰宅中音楽を聴いていたのですが、音楽が急にぷつっと切れてしまいます。
これはレコーディングミスということでその部分をカットしただけなのですが、その音楽が途切れた時に外から女性の叫び声が聞こえてしまいます。

恐る恐る近づくと強姦されそうになっている女性がいました。男性はその女性を助けて後に結婚し、子供をもうけます。
ちなみにその子供は彗星を止めることになった宇宙飛行士が女子高生の頃、危険な目にあった際に助けた人物です。

さらに時代は巻き戻って、今度はレコーディングミスになった場面が映し出されます。
売れないバンドマンたちが収録を行っているのですが、ボーカルがいらない言葉を入れてしまったのでその部分は発表できないということに。レコードを出しますが、その部分は無音となりました。

さらにその前の時代背景もあって…。

いくつものストーリーが縦一本でつながっていて、地球滅亡を救う宇宙飛行士が誕生するに至って誰一人必要不可だったという事を考えさせられます。

◆パート一つ一つを見ても面白い

上記でざっと一行で各パートをまとめましたが、パート一つ一つがうまく完結させられていて伊坂幸太郎さんの構成力の高さが伺えます。その面白いパートが組み合わさってさらなる面白みを引き出しているので超おすすめ作品です。

「感動した!」

と言うよりは、

「おー!うまいなぁ」

という感想を持つ人が多いのではないでしょうか。

短編小説にしてはボリュームがあり読み応えがありますが(中編に入るかもしれません)、展開が速く読みやすいので一気に読めてしまうでしょう。きっとどのパートが好きと言う好みも出てきて、

「もっと掘り下げて欲しい!」

と思うことでしょう。キャラクターの一人一人の役割が面白く、個性あふれるとはまさにこういうことなのではないかと思ってしまいます。

◆映画もうまくまとめられている

フィッシュストーリー

伊坂幸太郎さんの「フィッシュストーリー」は映画化もされています。短編小説を普通の映画の長さで表現しているので拍子抜けすることなく見応え十分と感じることでしょう。

話の展開もスピード感があるのに雑にはなっておらず本好きが見ても「うまくできている」と思わせてくれることでしょう。

特に最後はコマ送りで会話がなくフラッシュバックするのですが一、二分で全てが物語られていてもう一度見たい!と思ってしまいます。

伊坂幸太郎さんの作品の多くが映画化されて面白いのですが、何故かあまり映画としての話題性はありません。
ですが、一つ見たらハマるかもしれないので一つだけでも見てみることをおすすめします。本を読むのが苦手な人は映画を見てから本を読んでもいいかもしれませんよ。

とらひこ

作家はいろんなところ見てるなと思ったことはないでしょうか。寺田寅彦さんの随筆「鉛をかじる虫」(『寺田寅彦全集 第二巻』 所収)を読んだらまさにそう思ってしまうこと間違いなしです。
短すぎる上ネットで全文読むことができるのでぜひ読んでみていただきたい作品です。短編を紹介するサイトですが、この作品が好きすぎて、ここに番外として紹介させていただく次第です。

とらひこ

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◆寺田寅彦さんの鉛をかじる虫に出会った経緯

小説をはじめ文学作品との出会いは、「狙った出会い」と「偶然の出会い」と「与えられた出会い」があると思います。

「狙った出会い」とは、例えば好きな作家を狙って新しい本を読んでみたり、この作家を読んでいる人はこの作家も読んでいるなんていう枝分かれ的なおすすめ作品を読む場合に当たります。

「偶然の出会い」とは例えば本屋で本を探していたらタイトルに目がいってたまたま手にしてしまう。など意図しないのに本の方から歩み寄ってくるパターン。

「与えられた出会い」は教科書で出てきたり友達から紹介されるといったパターンです。

私が寺田寅彦さんの随筆「鉛をかじる虫」に出会ったのは「偶然の出会い」なのですが、まさにどうでもいい理由でした。
二十代半ばの頃私は一人で読書月間たるものを作っていて、その月は一ヶ月で短編、長編限らず50読むというのを目標にしていました。

仕事しながらのため普通に考えたらもちろん無理なのですが、そこでとった手段は「できるだけ短い作品を読む」ということでした。
青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)という著作権の切れた過去の作品が全文無料で読めるというかなり素晴らしいサイトがあり、そこで出会いました。

◆着眼点が凄すぎる

寺田寅彦さんの「鉛をかじる虫」を普通に読んだら、もしかしたら何の印象も持たないで終わってしまうかもしれません。しかしこの話の面白いところは一文に全て集約されているのです。

要約すると、「人間は鉛をかじる虫のことをなんの効率もないものだと思うかもしれないが、虫は虫の方で人間を笑っているかもしれない」という文です。

>鉛をかじる虫も、人間が見ると能率ゼロのように見えても実はそうでなくて、虫の方で人間を笑っているかもしれない。
人間が山から莫大な石塊を掘りだして、その中から微量な貴金属を採取して、残りのほとんど全質量を放棄しているのを見物して、現在の自分と同じようなことをいっているかもしれない。

この文の前に、鉛をかじる虫は糞をするのですが、不思議なことにその成分が鉛と変わらない。つまり消化もしておらず全く意味ないことをしているという着眼点の文の後に置かれています。

>鉛を食って鉛の糞をしたのでは、いわば米を食って米の糞をするようなもので、いったいそれがこの虫のために何の足しになるかということである。
米の中から栄養分を摂取して残余の不用なものを「米とは異なる糞」にして排泄するのならば意味は分かるが、この虫の場合は全く諒解に苦しむというより外はない。

意味があるかないかを決めるのは他人ではないということがまざまざと伝わってきます。この主張が強いため、鉛を鉛のまま糞として出すという面白く肝の部分が薄れてしまうのが私はものすごく好きで、
この文章に惚れ込んでしまいました。是非国語の教科書に出して欲しいと思ったほどです。

たまに無性に読みたくなることがあるので、私はメールの送信ボックスに入れて読んでいます。2500文字程度の短い随筆です。

◆虫に対して興味が湧いてしまう

虫

上記で少し触れた鉛を鉛のまま糞として出すと言うところですが、不思議だと思いませんか?寺田寅彦さんもそこは不思議だと言っていて、この文章を作るにあたっての背骨部分に当たるのがこのエピソードです。

この文章を読んでしまったら他の生き物はどうなんだろう?とか、「じゃあ人間はどうなんだろう?」という好奇心が湧いてきてしまいます。理系目線での文章構成に関心が湧き新鮮味が感じられることでしょう。

自分なりに何かを観察したことを書き綴ったらもしかしてそれは実は自分だけの発見で、後世に残るかもしれません。
寺田寅彦の文章には理系目線なのに文学的という相反する二つが共存して思わず凄いな!と思ってしまうことでしょう。

ちなみに「鉛をかじる虫」と検索したら「お尻かじり虫」が出てくるケースがあるのでごっちゃにしないようにご注意ください!